スクラムマスターとサッカー監督の仕事について

先日受講したScrumの研修で、スクラムマスターはサーバント・リーダシップが求められる仕事と教わり、ふとサッカー女子日本代表(いわゆるなでしこジャパン)監督の佐々木則夫氏を連想した。
昨日のロンドン五輪サッカー決勝では惜しくもアメリカに敗れたものの銀メダルという好成績、ワールドカップでは優勝に導き FIFAの最優秀監督賞を獲得した名将である。

佐々木監督の著作「なでしこ力 さあ、一緒に世界一になろう!」(人に貸したので手元にない)やその他メディアの記事(ネタ元がみつからないw)に書いてあったという記憶を頼りに挙げてみる

  • 横並びの視点:監督と選手の間に上下関係を作らず、同じ目線でフレンドリーに接する。選手からふざけて「ノリオ」と呼ばれたりすることもあるらしい。しかし選手にナメられるわけではなく尊敬されるほどの実力(分析力、指導力)があるということ。著書を読んでも、とても選手やチームメンバに対する気配りが伺える
  • コーチング:試合前後の分析など、佐々木監督は選手に「課題」を与えるが、「答え」は教えないという。選手がビデオを分析して自分たちで答えを出す。監督は選手たちの答えに「よし、わかった」と承認する。
    • サッカーもソフトウェア開発も試合やプロジェクトが終わるまでは(もしくは終わっても)正解は誰も分からない。監督や誰かから答えを教わって(指示されて)プレーしても、サッカーもソフトウェア開発も開始前の計画の通りに進むなんてことはないし、とりわけサッカーにおいてはタイムアウトをとって監督の指示を聞くこともできないから、自分たちの判断でプレーしなくてはならない。そういう意味で、佐々木監督の構築するチームは、サッカーをプレーするための究極の自己組織化されたチームだ。
  • 「なでしこ力」にはビジネス書かよ?という小見出しも。
    • 適材適所で人の強みを活かす
    • トライ&エラー、まずは、やってみよう
    • 諦めなければ、夢はかなう
    • 肩書は部下を守るためにある
  • 社会人サッカー部の監督時代はあまり好成績ではなかった。
    • その理由はわからないけれども、自己組織化されたチームというのは選手にも相当のスキルを求められるだろうし、指示をそつなくこなすのが得意だというタイプのメンバだっているだろう。佐々木監督のメソッドはおそらくどんなチームにも万能な方法ではないし、日本の女子のトップ選手たちのあつまりである、なでしこジャパンだからこそ成立したのかもしれない。
    • ソフトウェア開発で世界一を目指すチームを構築しようと考えている人はほとんどいないと思うが、とはいえ、真に効率的で強いチームは独裁者による指示型ではないということを佐々木監督は証明してくれたと思う。

これが書かれたのはワールドカップ前。「さあ、一緒に世界一になろう」という本を出版して本当になっちゃったのだからもう驚きである。続編も出てるのでこんど読んでみるつもり。

Scrumのプラクティスっぽくサッカーを説明する

自分、アジャイルは理論派な方です!
(実践がほとんど伴っていないの意)

昨日、Scrumのセミナーを受講したので何か書こうと思ったのだけど、五輪も始まるし、Scrumのプラクティスっぽくサッカーを説明するという思考実験をしてみることにした。自分の中では両者はかなり類似していると思うので。

サッカーというのは、足という比較的ニブイ部位でイレギュラーバウンドしうるグラウンド上のボールをコントロールするという、不確実性てんこ盛りの競技である。しかも自分たちを打ち負かそうとする相手もいて、常に自分たちの裏をかこうと我々が予測もしないようなプレーをしかけてくる。ソフトウェアの開発と同様に、予測不可能な状況の変化の頻繁な発生に対して、チーム全員で対処する。時にはリスク覚悟でのチャレンジも勝利のためには必要な場合もあるという、ソフトウェア開発を90分に凝縮したようなスポーツだと思う。(ソフトウェア開発でのチャレンジって何だろうか。例えばチームが初めて使う技術で機能を実装するとかもそうだし、そもそもプロジェクトというのは既にチャレンジだし。Scrumを導入するというのもそうかもしれない。リスクやその対価として得る効果の大小は様々だけど、開発にはいろんなチャレンジが含まれてると思う)

Scrumチームについて

自己組織化

サッカーは試合が開始したら、監督の指示を待ってから選手がプレーをするようなスポーツではない。刻一刻と変化する状況に迅速に対処するには、誰かの指示を待っていては遅すぎる。ピッチで起きた問題を一番最初に知るのは、いつでもそこに居る選手である。だから選手は目の前の問題に対し、自分で考え自分で対処する。
チームは選手たちの得手不得手をお互いにカバーしあうことになる。誰かが相手のディフェンスを打開できなかったら、パス交換したり、まわりの選手がスペースに走りこんだりして「チームで」対処する。

役割はあるが、水平で対等

サッカーにおいては「スクラムマスター」のような役割は「監督」や「コーチ」に近く、「選手」は「開発者」にあてはまるかもしれない。
選手の中にもFW、MFのようなポジションや、わかりやすく言えば「司令塔」のようなロール(役割)があり、各選手は自分の役割を担いゲームに臨む。
ロールはあくまでロールであり、司令塔が一番えらいとか、GKはえらくないとか(またはその逆とか)はない。あくまで対等である。

責任をもつ

チームですることにチームが責任を持つ。サッカーは、試合に負ければチーム全員が敗者である。「自分はGKではないので失点したのは自分のせいではない。自分は敗者ではない」などと言っても仕方がないのであり、負けたのは「自分たちのチーム」である。
もうひとつ、Scrumにはいちいち書いていないと思うが、チームのメンバー個人にも、自分の役割をはたす責任はある。たぶん、これは欧米ではあたりまえだから書いていないのではないかと思うが、一昔前の日本人選手は(いや今でもたまに)、ゴール前でGKと1対1の状況というチャンスなのに横パスに「逃げる」というプレーが頻繁に見られた。
日本人は命令型のシステムで、上司や先生の指示に従うことで、つまり「言われたとおりにすること」によって、自分に責任がなく指示者が責任を負うということに慣れすぎているせいで、自己組織化されたチームでの役割を担うことに対し、それによって負う責任を重く感じてしまい、それから咄嗟に逃げようとしてしまった結果ではないかという分析をしている人もいる。他にも、失敗に対する寛容さだとかいろいろな要素はあるのだろうが、いずれにしろ各メンバーが自身の役割をまっとうしなければ、チームが機能するわけがない。

機能横断的(クロスファンクショナル)

一昔前のサッカーは、ソフトウェア開発もかつてはそうだったように、FWは攻撃専門、DFは守備専門といったスペシャリストによる完全分業が最も効率よい戦略とされていた。
しかし 1974年のワールドカップでオランダ代表が用いたトータルフットボールと呼ばれる、ポジションが流動的で全員攻撃・全員守備をする戦略がサッカー界に大きな影響を与えた。この戦術はチーム全員が複数のポジションの役割を担うことができ、チーム全体を掌握して自身がどのようにプレーすべきかという監督のような視点を持っていることが求められるため、戦術として理想ではあるが実現が非常に難しいものである。
現代のサッカー戦術にも大きく影響を与えている。例えば現代サッカーのFWは、相手にボールを奪われたときの一番最初の守備者でなくてはならない。相手DFが持つボールを、別のFWや攻撃的MFと協調して追い立てることを求められる。(スタミナを犠牲に、相手ゴールに近い位置でボールを奪うためのチャレンジをする)
日本サッカーも数年前までは、中央の攻撃的MFのポジション(トップ下などと呼ばれたりもする)の選手を「司令塔」と呼びゲームコントロールの役割を担っていたが、そのうち守備的MF(ボランチとも呼ばれたりする)がゲームを組み立てる役割を持つようになり(ボランチとはポルトガル語で「ハンドル(舵)」の意)、いまやセンターバックのDFの選手も、相手FWが追い立てるのをいなすことができる足元のテクニックが求められている。GKにも足元が求められるとさえ言う監督もいる。
ソフトウェア開発も、完全分業からクロスファンクショナルに移り変わっているのは、ハードルは高いものの、チームの戦略として最も効率が良く理想的であるからだと思う。

ところで、トータルフットボールのような、全員が連携して動くサッカーを「スペクタクル」とか「美しい」サッカーと表現されたりする。美しいサッカーはある程度のリスクを負って、それを選手の高いスキルによって低減し、高いレベルで効率よくプレーする。
それとは逆に、8~9人で守りを固めて、ボールを奪ったらロングボールを蹴って前線に残った1人に攻撃させるようなサッカーもある。「実践的」サッカーなどといわれ、リスクを最小限にし、勝つためというより負けないサッカーである。日本の高校サッカーのようなトーナメント方式だと、結構な割合で「実践的な」サッカーをするチームが上位に来る。もちろんどちらか一方が絶対的に優れているというわけではないが、顧客(オーナーやサポーター)が求めているのが負けないことなのかチャレンジなのか、あるいは美しさなのかということも大事な要素である。

一人の選手が複数の役割をこなすメリットは、このようなものがあるのではないかと思う。
ある選手がケガなどで試合に出られないときに、代わりをする選手がその役割を担うことができること。
ソフトウェア開発でも欠勤や研修で不在となるメンバーの代わりができる程度のバッファは必要であるが、専業分業スタイルのバックアップメンバーを用意するとしたら、完全に倍の人数が必要になってしまう。まぁこれはお金で何とか解決できないこともないかもしれないが、それとは別に、試合中の戦術変更を選手交代なしに行うことができるというメリットもある。(サッカーでは、選手交代は3人までというルールの試合が多い)
もうひとつ思うのは、Scrumの説明としてはどこにも書いてないかもしれないが、メンバーが固定であると、ぬるま湯というか現状肯定し更なるステップアップをしなくなってしまうリスクがあるので、それを回避する効果もあるのではないかと思う。ある人が専業的に1つの役割を担っていたりすると、もうこれ以上改善する余地がないと思い込んでしまってそのままになってしまうことはありうる。そんなときにメンバーを流動的にすると、まったく別の視点や方法から改善の余地が見えてくることもあるだろうと。

とりあえずScrumチームになぞらえてサッカーのチームについて語ってみた。中にはScrumのプラクティスの用語ではないものを使っているかもしれない。セミナー資料ベースで考えたので(汗 という逃げ。。
他のプラクティスも何か通ずるものがあるかもしれないので、思いついたら書くかもしれない。

最後に、サッカーの戦術もトレンドがあり、また選手たちのフィジカルが向上したり、シューズなどの道具の進化もあるだろうしトレーニング手法の進化などによって、戦術自体も可能性が広がり進化を続けている。ソフトウェア開発も同じように進化しつづけるだろう。
10年前のJリーグと今のJリーグとでまったく違うサッカーに進化しているように、数年後の日本のソフトウェア開発もスペクタクルで美しいものに進化していることを望むし、微力でもその助力となりたいと思う。